98/12/27(日)

赤立角香港国際空港へ

 ホテルで朝食を摂った後、十分に時間があったが、空港へ行くことにした。なんせ、初めての台湾だし、またバスが混んでいて、焦るのはいやだし。それに、台湾−香港間は多くの飛行機が飛んでいて、もしかすると前の便に変えてもらえるかもしれないという皮算用もあった。無事バスに乗る。途中、停留所で停めて運転手が「中正機場」と叫んでいるようであったが、僕には「機場(じーちゃん)」の部分しか聞き取れない…。
 空港に到着しキャセイの予約カウンターへ行く。小姐に向かって英語で早い便に変えてもらえるか尋ねると、あっさりいいという。(本当はFIXでできないはず。)結局11:10発のに乗ることができてラッキーであった。交渉はしてみるものである。
 機材はB747-400つまりジャンボ旅客機である。日本発着便でないのでほとんど客は中国人。もちろん飛姐にも日本人はいなかった。中国人が何か北京語で話し掛けてきた。中国語ができないと分かると、流暢な英語になった。彼の友人と並んで座りたいから席を替わってくれとのこと。どこでもかまわないのでOKし替わった。
 機内食も中華風のご飯であった。順調に飛行を続け、1時間強で噂の香港チェプラクコク空港に到着した。新空港は噂どおり本当に巨大であった。滑走路も二つある様だし(成田、関空ともに一本しかない)、建物も巨大で、なんとなく閑散としているような感じで、香港のイメージとはちょっと結びつかなかった。入境後、ATMを探してCITICARDで香港ドルを引き出した。その後、バスターミナルへ向かう。確かにAELという選択肢もあるが、値段も高く、しかも九龍側の九龍駅なんぞ不便そうな位置に存在する。だから通天巴士で行こうと決めたのだった。チケット売り場で今回初めての広東語を発した。「我想去佐敦站」しかし、通じなかった...。声調が間違っていたようだ。英語で意思表示をしてA21に乗り込む。教訓「下手な広東語がもたらす災い」バスはアナウンスが広東語、英語、北京語で行われ、電光掲示板もある。ほかのバスとは違って、旅行者にも利用しやすいと思う。


通天巴士車内。電光掲示板もある。

 約1時間で佐敦の新楽大酒店に到着した。MTR佐敦站の隣に位置していて場所に関しては全く問題がない。

香港の街へ繰り出す

 新楽大酒店は古いホテルであったが、まあ、ホテル代の高い香港にあって1泊430ドル(約6800円)ほどだし、インターネットで予約もできる。ちょっと予約状況が心配だったが、Asia Travelからのメールを印刷したものを見せると全く問題はなかった。宿泊費は現金で前納した。部屋の様子は以下の通り。問題点としてはドライヤーが借りられなかったこと。もちろんシャンプーもなかったので、ご注意。僕の部屋は9階(日本式なら10階)で、通りに面した部屋ではなかったので、そんなにうるさくはなかった。テレビやエアコンはぼろかったが、風呂でお湯もちゃんと出たので、夜寝るだけなら...。ちなみに、僕は180cmとやや長身なので、ここのベッドはちょっと小さすぎた。足を曲げないとベッドにおさまらなかった。


新楽大酒店室内

 ホテルから、29日に合流する予定の香港の知人Fredaに電話する。香港人としてはかなり英語がうまいのでちょっとびっくり。いや、僕の英語がまだまだだけなんでしょうが。
 その後、街に繰り出した。まずは、香港街道地方指南99を手に入れるべく尖沙咀の當代圖書中心へ行った。かなり探し回ってようやく見つけた。この本は62ドルで、香港を自由旅行をする人にとってはバイブルのような本である。バスなどの路線を調べる上でも便利なのでお勧めだ。その後街をぶらぶらし、スターフェリーにも乗った。コンビニで王菲が表紙の姉妹という雑誌を見つけたので買った。


スターフェリーから維多利亞灣を望む

 夕食を採った後、天后廟近くの夜市(男人街)や、近くで行われる野外広東語オペラを見に行った。夜市は凄い活気であった。オペラでは20ドル(300円)をチップとして渡すと前の席へ座るように薦められた。どうやらひいきの老人同士のコミュニティーの場にもなっているようで、超大都会の香港の意外な一面を見た気がしてほっとした。ガイドブックを手に持っていたので日本人かと尋ねられた。広東語で「日本人だ」と答えると「あら、広東語が話せるの」とちょっと驚いた感じであった。劇は悲しい内容のようで涙を浮かべながら演じていた。映画「つきせぬ思い」のワンシーンを思い出した。