2004年12月29日

漓江下り

 朝、チェックアウトをすませ、ロビーで待っていると、時間通りにガイドが迎えにきた。マイクロバスに乗り込むと、座席はすでにかなり埋まっていた。その後、1つ、2つホテルに寄った後、船着き場に向かった。前回漓江下りに参加したとき(7年前)は日本人や日本に住む華僑など日本語を話す人が多かった覚えだが、今回は自分以外に家族連れが一組(たしか6人?)で、それ以外は欧米人やシンガポール人ぽい人など多彩だった。30分ほどで船着き場に到着。ここで他のガイドが引き連れてきた客と人数あわせのため交換が行われ、自分は別のガイドについて行くように指示された。
 こうしていよいよ乗船。6-8人が一テーブルを囲むのだが、自分は一人なので早めに奥の席へ座った。すると白人の一団がやってきて自分のテーブルに座った。彼らはドイツ人で、横に座ったカップルと向かいに座った4人は知人というわけではなさそうだ。向かいの人たちとは結局言葉を交わさなかったのだが、横に座ったカップルのうち特にすぐ横側の女性の方は日本人が珍しいのか、積極的に話しかけてきた。なかなかフレンドリーで感じがいいカップルだった。こうして下手な英語を駆使して、中国の事、日本の事、漢字の話などいろいろと話した。正直船に乗ってしまえば、甲板に出て景色を見るか、時間が来れば食事をするか、雑談するかしかする事がないのだから話す時間はたっぷりとあった。
 しばらく会話をした後、甲板に上がって景色を楽しむことにした。天気は晴れてはいないが雨が降りそうということもない。船はゆっくりと進むのだが、気温が低くて風が猛烈に冷たい。なかなかハードな見物だ。


幻像的な漓江の風景

 11時過ぎには食事が始まった。結構しっかり出てくる。まあ、ツアー代を考えれば妥当かもしれないが。
 ゆっくりした時間が流れ、13時過ぎには船着き場に到着して下船となった。ここで元のガイドと合流した。
 当初、ここが陽朔だと思ったのだが、ガイドに確認すると興坪だった。陽朔よりも上流だ。どうやらすべての船がここ興坪で船下りを終えているようだ。ガイドブックには陽朔まで下るようなことが書いてあるし、7年前船を下りたのは陽朔だった気がする。いつの間に変更となったのだろうか。
 陽朔にはバスに乗って向かう。30分ほどで到着。ツアーにはさらにオプションツアーがあって、100元払えばあと三カ所ほど回るらしいのだが、風邪もあって疲れてもいたので結局見送ることにした。陽朔で滞在するつもりだったので、ガイドブックをみて快楽旅遊飯店へ向かってくれるように頼んだ。バスが到着して一団とはここで別れる。ここでは船で一緒だったドイツ人カップルも泊まるようだった。
 でチェックイン。クレジットカードが使えるようだったのでそれで決済しようとしたのだが、装置のトラブルで手こずる。やっとの事で決済ができ、部屋に向かった。こぢんまりしたホテルでエレベータなどもない。部屋にはエアコンがあったが、風向調整が壊れている。フィンが真下となっていないためになかなか室温が上がらないようだ。フィンを手持ちのテープを使って下側に固定して一件落着なのだが、部屋の広さに対してエアコンの性能が不十分のようで十分には暖かくなかった。
 観光するほどの気力はないし、かといって時間もまだ早いというわけで、外に出ると近くにネットカフェがあったので入る。OSが中国では珍しくXPで、簡単な設定で日本語を打てるようになった。日本語のメールを打っていると、店番のおばちゃんが「前にも日本人客がやってきてだめだったのだけど、どうやったら日本語を打てるようになるの?」と聞いてきたので簡単に説明してあげた。
 この後、洋人街に行って食事をしようとガイドブック(地球の歩き方)の地図をみながら歩き始めた。ところが、地図と違うようだ。後から分かったのだが自分が泊まったホテルのキーには快楽酒店と書いてあった。一方ガイドブックには快楽旅遊飯店とある。微妙に名前が違うのは。原因は、”快楽”がつくホテルが2つあるか、ガイドブックの地図が間違っているかのどちらかだろう。いずれにしてもML情報によると麗景暇日酒店の位置が間違っていたり、また、公園などの入り口が書いてないためにどのように行けば分からないなど不備が多い。地図を頼りにして道に迷い、また大した目印もないために洋人街にたどり着くのには苦労した。もし分からなければバイタク(タクシーは田舎なのでいない)に乗るのだが、バイタクの数が少なくて、この後も苦労した。こうして何とか洋人街に到着して夕食をとった。洋人街ということで洋食を食べることにしスパゲッティを頼んだ。


洋人街の入り口[左] スパゲッティーで夕食[右]

 田舎なので夜はすることはない。再度ネットカフェに寄った後にホテルに戻って一日を終えた。