00/7/1(土)

日本へ帰国の日

 朝未明にまたおなかが痛くてトイレへ…。だんだん重症であるということがわかってきたが、今日は帰る日である。チェックアウトを済ませ、朝6時に大通りでタクシーを捕まえ空港へ向かう。この運転手の言っていることが”100元だ”以外なかなかわからなかった。中国語まだまだのようだ。空港に着くとやれやれと感じた。


近代的な北京首都国際機場(機場とは空港のこと)



 チェックインを済ませ搭乗口で待っているとおばあさんがやってきて、僕にここでいいか尋ねる。搭乗券を見ると僕と同じ便だったので、

「対 対 対!(そうだ そうだ そうだ)」

と答えた。この後一時間あまり筆談を含めていろいろと話した。おばあさんは多分65歳ぐらいだと思うが、四川省出身で日本で乗り継いでアメリカの知人(親戚?)のところへいくらしい。かばんには英語で”**便で来ましたが預かり荷物はどこでしょうか?”みたいに必要事項がすべて英訳されたカードを持ち歩いていた。たいした根性だ。英語が出来なくてもアメリカへ行こうと言うのだから。おばあさん僕について、”半年あまりの勉強でこれだけ中国語が読み書きできるなんて、日本人は聡明だ!”何て言ってくる。おばあさん、誰も日本でそんな風に言ってくれないよ…。
 いよいよ搭乗時間となって、おばあさんには

「祝イ尓一路平安(道中ご無事で)」

と言って別れた。おばあさんも僕にお気をつけてと挨拶された。

 中国の人って自然に外国人と接することができる人も多く、必ずしもそうできない日本人の僕としてはうらやましくさえ思えた。やっぱり日本は島国だから閉鎖的なのかなあ。

 どうせおなかがおかしくてろくに食べなかったが、機内食はノースウエストの評判どおりひどいものだった。


まずいノースウエストの機内食 食べられないんだからいいんだけど…

 こうしてほぼ定刻に成田空港へ着き、検疫で下痢と申告し、僕の北京、天津旅行は終わった。
 

 今回の旅行でもっとも印象に残っているのは長城への中国人ツアーに参加して多くの中国人と行動をともにして、中国人の方々の親切に感動したことだと思う。ここで、英語や日本語のツアーに参加していたのではこんな思いは出来なかったと思う。
 今回のこの旅行で多くの中国人のよい面と、少しばかりの中国の悪い点を垣間見ることが出来たのは成果だったと思う。旅先で出会った多くの中国人は本当に親切だった。
 中国は広い。まだまだ行ってみたいところは多いけれども、今度はどんな中国の方に出会うことができるか今から楽しみだ。